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バブル時代初頭。
1984年〜
19歳〜
アナログ時代、
一般的にはパソコンもカラーコピー機も存在しない頃。
予備校に2年行ったが、
結局、
最終的に専門学校に入った。
僕は、
なんとなくの学生生活を
浪人時代も含め4年間過ごした。
そんな中でも水泳部ではなかったが、
母校の臨海学校の助手を傍らでしたのは良い経験になった。
そもそもは建築が好きで、
空間演出やインテリアを仕事にしたいと思ったのだが、
デッサンが苦手で絵が描けず、
平面構成を褒められグラフィックデザインに転換。
コラージュの作品を作るようになっていた。
構成や表現したいもの・好きなものを
集めることに夢中になり、
構成=デザイン
表現したいものを好きなものを集める=
ディレクションに近かったのかもれない。

※左:コラージュの作品を作るため、洋雑誌から採ったいろいろなマークやロゴをスクラップしていた。※右:当時のコラージュ作品、半立体的なものが多かった。
その間、
パルコが主催していた公募展の
グラフィック展、
オブジェ展などのアルバイトを
よく仲間と一緒にやっていた。
安易に日比野克彦氏に憧れたり、
アートとデザインとかの区別も出来ずに
審査で会った
キース・ヘリング氏や山本寛斎氏を良いと思ったり、
自分自身、明解な目標がわかっていなかった。
自分もこういう公募展で賞などをもらえば
自分の道が開けていくような
宝くじを買うような感じにも似た思いで
平行して出品もしていた。
時代が今とは大きく違っていて、
中途半端な生活だったが
どうにかなるという曖昧な気持ちがあった。
でもやっぱり、
表現したいモノやそれを見せるための技術が
全く出来ていなかったと思う。
ただ、
仲間と展覧会をやってみたり
そのための作品を作ることが楽しかったし、
それをするために
いろんなアルバイトをすることも楽しかった。
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