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バブル時代。
1986年〜
21歳〜
アナログ時代、
一般的にはパソコンもカラーコピー機も存在しない頃。
アートとデザインとかの区別も出来ず、
明解な目標がわかっていなかった自分に、
大きな変化が訪れたのは、
仲條正義氏の事務所でのアルバイトだった。
これはたまたまの出来事で、
仲間とバイトしていたグラフィック展などの
プロデュースをしていた事務所から友達に
仲條さんの事務所で
バイトを探していると聞いたことから始まった。
最初に声を掛けられた友達は、
学校で大切な授業か何かがあり、
連日は行けないから青木はどう?
というようなことで僕が行くことになった。
今となれば大変に失礼な話だが、
デザインを学び始めた何も知らない無知な自分は、
仲條さんのこともよく理解していないまま
そのバイトを引き受けた。
仕事はちょうど日本グラフィック協会の年鑑を
仲條さんが装幀されており、
ロケで事務所を離れている間に、
その年鑑に載せる作品のポジの整理や
台割ごとに区分けする整理とコピーを撮るという仕事だった。
それが終われば事務所の整理や掃除をするというもの。
当時は洋雑誌など普通には本屋さんに無かったので、
仲條さんが定期的に購読されていた本などを整理しながら
よく見せてもらっていた。
仲條事務所には、
仲條さんのアシスタントをされていた林修三さんがいて、
僕は林さんから初めてグラフィックデザイン業界のことを
いろいろと教えて頂いた。
今の花形はグラフィックの中でも広告だとか、
仲條さんはアナログな仕法で
(ロットリングと三角定規とケント紙と
クイックと言われていたコダックの紙焼機のみ)
でロゴやマークを制作されていたが、
それでも他に劣るどころか業界内でも
ピカイチの魅力的なロゴマークが出来るんだということを
コマメに教えてくれた。
僕もその通りだと思い、
とても感動したというかビックリした。
カルチャーショックってこんな感じかと思った。
仕上がりの技術的な良さもさることながら
その造形や創造力の凄さに
設計のラフの段階から既に感動的だった。
仲條正義さんの仕事を傍らで拝見して、
ケント紙から紙焼きで制作され、
そして納品されたモノが複製され展開され、
パッケージや包装紙や看板などなどあらゆるものに広がり
あっという間に世の中に広まって行く感じが
正にデザインだと感じて、
あらためてグラフィックデザインに興味を持つようになった。
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